地球温暖化の進行を遅らせ、健康被害を抑制する可能性を秘めた太陽地球工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)が、今、注目を集めています。最新の研究では、この技術が温暖化による熱波関連の死亡者数を大幅に減少させる可能性が示されました。しかし、その恩恵とリスクを慎重に評価する必要があるようです。
太陽地球工学がもたらす命の天秤
米国科学アカデミー紀要に掲載されたジョージア工科大学の研究チームによる論文では、太陽地球工学のモデルを用いて、温暖化による死亡者数削減の可能性が分析されました。

研究結果の概要
研究結果によると、2080年に産業革命前からの気温上昇が2.5度に達すると仮定した場合、成層圏エアロゾル注入(反射性微粒子を成層圏に散布し、太陽光を宇宙へ反射させる太陽地球工学)によって気温上昇を1度抑制できれば、世界全体で年間40万人の死亡者数を減らせる可能性があるとのことです。
さらに驚くべきことに、この数は太陽地球工学が引き起こす大気汚染やオゾン層破壊による死亡者数の13倍に相当するというのです。つまり、太陽地球工学は、その技術によって失われる命の13倍の命を救う可能性があるということです。論文の主執筆者であるアンソニー・ハーディング博士は、太陽地球工学のリスクと恩恵について次のように述べています。
「重要なのは、太陽地球工学による恩恵が、技術の使用に伴うリスクと比較してどれほど大きいかということです。この研究は、リスクと恩恵を定量化する第一歩であり、考慮されたリスクに関しては、人命を救う可能性が直接的なリスクを上回ることを示唆しています。」
不確実性と地域格差という課題

しかし、恩恵がリスクを上回る可能性が61%である点は、非常に気がかりです。人命に関わる問題としては、不確実性が高いと言わざるを得ません。研究チームも論文内で「不確実性は依然として大きく、太陽地球工学のトレードオフに関するさらなる研究が必要である」と述べています。
また、死亡者数の減少は気温の高い貧しい地域(グローバルサウス)で顕著である一方、気温の低い豊かな地域(グローバルノース)では増加する傾向にあることも指摘されています。
地域格差の問題点
確実性が高まることを前提にすれば、気候正義の観点からグローバルサウスの人々に恩恵があるならば、この技術を選択する余地はあるかもしれません。しかし、一方の地域で救われる命と引き換えに、もう一方の地域で失われる命があるという状況は、倫理的な葛藤を生じさせます。研究であると理解していても、命を単なる数字として扱うことに抵抗を感じる人もいるでしょう。さらに、コストの負担や負の影響が出た場合の責任の所在など、解決すべき課題は山積しています。
実際、太陽地球工学の負の影響を懸念する声は少なくありません。たとえば、憂慮する科学者同盟は、環境、倫理、地政学上のリスクが大きすぎるとして、さらなる研究なしに太陽地球工学を推進すべきではないと主張しています。
研究の限界と今後の展望

研究チームは、今回の研究結果を太陽地球工学の将来性とリスクを評価するための出発点と位置づけつつも、現時点ではリスクと恩恵の包括的な評価には至っていないことを認めています。それでも、太陽地球工学が多くの地域で排出量削減策のみを実施するよりも、人命救助に効果的である可能性を示唆していることから、気温抑制の選択肢の一つとして検討する価値はあると主張しています。ハーディング博士は、次のように述べています。
「気候危機に完璧な解決策はありません。太陽地球工学にはリスクが伴いますが、現実の苦痛を軽減することもできます。この技術に関して、あらゆる可能性を考慮した意思決定を行うためには、リスクと恩恵をより深く理解する必要があります。」